心は
自分自身を惑わす敵!?
本質的な健康、癒しを追求する
『WHOLLYマガジン』は、
身体や運動のことも調査したい。
ヨガについては前々から興味はあるが
実は何も知らない未知の存在。
そこで、代々木上原でヨガスタジオを
運営されているYUKA SHINOHARAさんに
お話を聞いてきました。
YUKAさんは日本ではめずらしい
ヴィンヤサヨガを実践されている
NY帰りのヨギです。
記事の目次を見る
| 第1回 |
「心」は自分自身を惑わす敵!?
セタ
僕はときどきヨガをやりますが、ヨガのことは実は何もわかっていない。ヨガは呼吸法がいいな、というぐらいです。自律神経にフィジカルに働きかけられるところに惹かれています。
林
ごめんね、僕はヨガには、かつてすごい偏見を持っていたの、なんかガリガリになって岩の上でポージをとるイメージ(笑)
セタ もうゴリゴリのヨギのイメージですね。
林
ちょっと怪しげっていうか、誤解がありましたね、オウム事件もあったしね。
YUKA
ニューヨークではレッスンが始まる前と後に、オウムというマントラを唱えるんですけど、日本のスポーツクラブでは禁止ですね。
林
YUKAさんの師匠の一人、タリ・プリンスターさんの本『ヨガとがん』が翻訳されましたが、これが想像以上に読み応えがあって、最近はヨガに傾倒してますよ。でも一般的なヨガ雑誌を読むと、自然や、オーガニック料理もいいのだけど、いい気持ちの一歩先にある「深い叡智」みたいなところが薄くてね。
セタ
ふわっとした感じですかね。一時期はやったロハス的な。
ーー(森野狐)ヨガイコールおしゃれみたいなイメージがあります!
セタ
素敵なライフスタイル、みたいな。
ーー(森野狐)丁寧な暮らし!
セタ
そうそう! でもハーブも同じく、ヨガと同じような誤解を受けてる(笑)
ーー(森野狐)やっぱり仏教が元になってるんですか? 自分のパターンを崩すって、我が無くなるみたいな…
YUKA
最終的に言うと、我は無くなります。ブディズムとヒンドゥーはとても似てるんですよね。
ーー(森野狐)仏になるのって、自我を全部消すってことじゃないですか。
YUKA
統合と言ったりしてますよね。消すのではなく、全部が一緒になる、というイメージです。
セタ
自我は無くなる?
YUKA
自我は無くなります。でもこれは、上級の求道者に話す話なので、わかりにくいかな(笑)
林
悟りの定義でさ、誰が言ったか知らないけれど、すべてのものと、等距離になるっていうんだよね。YUKAさんがおっしゃった「自我はなくなる」と似てないかな? 全然違うかもしれないけど。
セタ
ああ、似てるかも。すみません、素朴な質問します! ヨガって何をやってるんですか?
YUKA
上級編でお答えすると、自分の心を止滅させています。自分の心の作用を消すのです。
セタ
自我を無くすことと近いんですか?
YUKA
そうですね、ヨガではfollow your heartー心に従え、っていうのがないんです。ヨガの哲学では、心は自分自身を惑わす敵だというふうに捉えます。自分だと思っている自分というものを、まずは見ていくという作業に入って、そこから本当の自我に会いにいく、統合しにいくのがヨガですね。ですから、まず一番最初は「心の作用を止滅すること」ーYOGAS CHITTA VRITTI NIRODHAHということを、やっていきます。
セタ
それってめちゃくちゃ難しくないですか。
YUKA
難しいので、そこはひとまず置いといて、とにかく体に向かわせるんですよね、ヨガのアーサナというもので。
セタ
アーサナって?
YUKA
アーサナは体を動かすことです。ヨガには八つの段階があって1、2がYama(ヤマ)、Niyama(ニヤーマ)といって道徳なんですね、自分自身への戒律と社会の戒律を学ぶ。それが終わって初めて3のAsana(アーサナ)ポーズの段階に進み、いわゆるヨガをやっとできるとされています。その後に4のPranayama(プラナヤマ)呼吸法が入って、5のPratyahara(プラティヤハラ)外界と自己を切り離し、6のDharana(ダラナ) 集中、7のDhyana(ディヤナ)瞑想、最後に8のSamadhi(サマーディ) 悟り、というように、八段階があるんですね。ヤマとニヤマを完全に終えた人が次の段階のアーサナ、運動に入るとなると一生ヨガができないかもしれないので、そこは飛ばしてもいいという感じで、アーサナをマットの上でやりながら、ヤマとニヤーマを学んでいきます。
ーー(一同)ほーーーーーー
自己流の瞑想はとても危険
YUKA
という感じなんですがヤマとニヤマ、これがまた難しいんですよね。マハトマ・ガンジーもヤマの項目にある非暴力、正直っていうのができないまま亡くなっていったというぐらいすごくすごく難しい。
林
じゃあ、瞑想はかなりゴールのちょっと手前だったりするんだ! ということは、よく、瞑想ヨガとセットで語るけど、ちょっと違うのかな。
YUKA
ええ、瞑想は上級クラスです。上級の上級です。だから瞑想だけ切り取って流行ってしまったことがありますが、それは危険だと、かなり強く警告をだした指導者の先輩方がたくさんいらっしゃいましたね。私のオーストラリアの知人で、残念なことに精神病院から出られなくなった方がいるんですよ。瞑想は動くヨガと違って見えませんが、目を閉じて自己流にやったときの、脳への影響というのはものすごく大きい。だから、瞑想は自分で勝手にやると危ないということ、そこはしっかり知ってもらいたいですね。
セタ
その第一段階が終わってないけど、第三段階のアーサナ(ポーズ)をひとまずやってみることで、また第一段階がわかっていくこともあったりするんですか?
YUKA
そうです、素晴らしい質問ですね。たとえば、このポーズは前回やったから今日もできるだろうと思って、今日は実はお腹が痛いけれどやっちゃえ、と安易な自己判断でやっちゃう、それは自分への暴力になるんですね。それが第一段階の中の1つ目、2つ目が自分に正直であるか、ないかをしっかり見てポーズをとっていく。だから全部に絡んでいくのです。おっしゃる通り、1、2、3全部繋がってるんですよね。
セタ
なるほど。ということは、第一段階を経ないでポーズだけやった場合と、ちゃんとヨガの理論がわかった上でやる場合は、全然意味が違うって感じですね。
YUKA
全然違いますね。なのでアメリカではヨガをやっているほとんどの人が、ヨガの指導者にならずとも、指導者の資格を取ります。それは資格が欲しいんじゃなくて、勉強するための自己の教育なのです。私ね、アメリカから帰国したときに、日本で勉強する場所をすごく探したんだけど見つからなかった。でも、ひとつだけあったんですよ! 自由が丘に。
セタ
どこですかね。
YUKA
グリーンフラスコです!(※林先生が代表を務める植物療法とハーブ&アロマショップ)
林
うち、ヨガやってないけど(笑)
YUKA
ヨガ以外ですけど、私にとってはヨガを含むホリスティックを学べる場所なのです。内容に関わらず、自己への教育は自分へのタパスー鍛錬になるので、私にとっての日本でのヨガスタジオは、グリーンフラスコさんだったわけです。
ーー(森野きつね)ヨガの歴史を教えてほしいです!
YUKA
ヨガの歴史は、インダス文明から始まります。4大文明の中で一番あやふやなインダス文明です(笑)5000年前って言ったり3500年前って言ったり、それぐらいあやふやなんですよね。
ーー(森野きつね)よく分かってないんですか?
YUKA
ようするに、口伝えに語り継がれている伝承文学なので、正確にわからないんですね。まあ、バナナの皮などに書いてはいたようですが、アリンコが食べちゃって結局残ってない。ただ、5000年前から人がもがき悩み苦しんでいたという事実だけは確実にあるので、それが何千回と輪廻を繰り返してきたとしても、人は同じことで悩み苦しむんですね。そのなかで、ヨガが一番フィットしたのでしょう。人が続けて効果があると認識したから、現代まで続いているということですね。
林
ヨガの創始者も、誰だかわからない?
YUKA
一番古い哲学書を書いた人はわかっていますが。代々、口で伝え継がれてきたのがインドの文化なので、その前の史実はあやふやなんです。
セタ
お釈迦様もそう?
YUKA
そうですよね、ブッタもそんな感じで、口で弟子たちに伝えていた。私は今の時代もこれからも、それでいいと思うんですけどね、本当は。残すものなんかなくていいんですよ。
( 次の記事に続く )
心は
自分自身を
惑わす敵!?
本質的な健康、癒しを追求する『WHOLLYマガジン』は、身体や運動のことも調査したい。ヨガについては前々から興味はあるが実は何も知らない未知の存在。そこで、代々木上原でヨガスタジオを運営されているYUKA SHINOHARAさんにお話を聞いてきました。YUKAさんは日本ではめずらしい
ヴィンヤサヨガを実践されているNY帰りのヨギです。
記事の目次を見る
| 第2回 |
「心」は自分自身を
惑わす敵!?
セタ
僕はときどきヨガをやりますが、ヨガのことは実は何もわかっていない。ヨガは呼吸法がいいな、というぐらいです。自律神経にフィジカルに働きかけられるところに惹かれています。
林
ごめんね、僕はヨガには、かつてすごい偏見を持っていたの、なんかガリガリになって岩の上でポージをとるイメージ(笑)
セタ もうゴリゴリのヨギのイメージですね。
林
ちょっと怪しげっていうか、誤解がありましたね、オウム事件もあったしね。
YUKA
ニューヨークではレッスンが始まる前と後に、オウムというマントラを唱えるんですけど、日本のスポーツクラブでは禁止ですね。
林
YUKAさんの師匠の一人、タリ・プリンスターさんの本『ヨガとがん』が翻訳されましたが、これが想像以上に読み応えがあって、最近はヨガに傾倒してますよ。でも一般的なヨガ雑誌を読むと、自然や、オーガニック料理もいいのだけど、いい気持ちの一歩先にある「深い叡智」みたいなところが薄くてね。
セタ
ふわっとした感じですかね。一時期はやったロハス的な。
ーー(森野狐)ヨガイコールおしゃれみたいなイメージがあります!
セタ
素敵なライフスタイル、みたいな。
ーー(森野狐)丁寧な暮らし!
セタ
そうそう! でもハーブも同じく、ヨガと同じような誤解を受けてる(笑)
ーー(森野狐)やっぱり仏教が元になってるんですか? 自分のパターンを崩すって、我が無くなるみたいな…
YUKA
最終的に言うと、我は無くなります。ブディズムとヒンドゥーはとても似てるんですよね。
ーー(森野狐)仏になるのって、自我を全部消すってことじゃないですか。
YUKA
統合と言ったりしてますよね。消すのではなく、全部が一緒になる、というイメージです。
セタ
自我は無くなる?
YUKA
自我は無くなります。でもこれは、上級の求道者に話す話なので、わかりにくいかな(笑)
林
悟りの定義でさ、誰が言ったか知らないけれど、すべてのものと、等距離になるっていうんだよね。YUKAさんがおっしゃった「自我はなくなる」と似てないかな? 全然違うかもしれないけど。
セタ
ああ、似てるかも。すみません、素朴な質問します! ヨガって何をやってるんですか?
YUKA
上級編でお答えすると、自分の心を止滅させています。自分の心の作用を消すのです。
セタ
自我を無くすことと近いんですか?
YUKA
そうですね、ヨガではfollow your heartー心に従え、っていうのがないんです。ヨガの哲学では、心は自分自身を惑わす敵だというふうに捉えます。自分だと思っている自分というものを、まずは見ていくという作業に入って、そこから本当の自我に会いにいく、統合しにいくのがヨガですね。ですから、まず一番最初は「心の作用を止滅すること」ーYOGAS CHITTA VRITTI NIRODHAHということを、やっていきます。
セタ
それってめちゃくちゃ難しくないですか。
YUKA
難しいので、そこはひとまず置いといて、とにかく体に向かわせるんですよね、ヨガのアーサナというもので。
セタ
アーサナって?
YUKA
アーサナは体を動かすことです。ヨガには八つの段階があって1、2がYama(ヤマ)、Niyama(ニヤーマ)といって道徳なんですね、自分自身への戒律と社会の戒律を学ぶ。それが終わって初めて3のAsana(アーサナ)ポーズの段階に進み、いわゆるヨガをやっとできるとされています。その後に4のPranayama(プラナヤマ)呼吸法が入って、5のPratyahara(プラティヤハラ)外界と自己を切り離し、6のDharana(ダラナ) 集中、7のDhyana(ディヤナ)瞑想、最後に8のSamadhi(サマーディ) 悟り、というように、八段階があるんですね。ヤマとニヤマを完全に終えた人が次の段階のアーサナ、運動に入るとなると一生ヨガができないかもしれないので、そこは飛ばしてもいいという感じで、アーサナをマットの上でやりながら、ヤマとニヤーマを学んでいきます。
ーー(一同)ほーーーーーー
自己流の瞑想はとても危険
YUKA
という感じなんですがヤマとニヤマ、これがまた難しいんですよね。マハトマ・ガンジーもヤマの項目にある非暴力、正直っていうのができないまま亡くなっていったというぐらいすごくすごく難しい。
林
じゃあ、瞑想はかなりゴールのちょっと手前だったりするんだ! ということは、よく、瞑想ヨガとセットで語るけど、ちょっと違うのかな。
YUKA
ええ、瞑想は上級クラスです。上級の上級です。だから瞑想だけ切り取って流行ってしまったことがありますが、それは危険だと、かなり強く警告をだした指導者の先輩方がたくさんいらっしゃいましたね。私のオーストラリアの知人で、残念なことに精神病院から出られなくなった方がいるんですよ。瞑想は動くヨガと違って見えませんが、目を閉じて自己流にやったときの、脳への影響というのはものすごく大きい。だから、瞑想は自分で勝手にやると危ないということ、そこはしっかり知ってもらいたいですね。
セタ
その第一段階が終わってないけど、第三段階のアーサナ(ポーズ)をひとまずやってみることで、また第一段階がわかっていくこともあったりするんですか?
YUKA
そうです、素晴らしい質問ですね。たとえば、このポーズは前回やったから今日もできるだろうと思って、今日は実はお腹が痛いけれどやっちゃえ、と安易な自己判断でやっちゃう、それは自分への暴力になるんですね。それが第一段階の中の1つ目、2つ目が自分に正直であるか、ないかをしっかり見てポーズをとっていく。だから全部に絡んでいくのです。おっしゃる通り、1、2、3全部繋がってるんですよね。
セタ
なるほど。ということは、第一段階を経ないでポーズだけやった場合と、ちゃんとヨガの理論がわかった上でやる場合は、全然意味が違うって感じですね。
YUKA
全然違いますね。なのでアメリカではヨガをやっているほとんどの人が、ヨガの指導者にならずとも、指導者の資格を取ります。それは資格が欲しいんじゃなくて、勉強するための自己の教育なのです。私ね、アメリカから帰国したときに、日本で勉強する場所をすごく探したんだけど見つからなかった。でも、ひとつだけあったんですよ! 自由が丘に。
セタ
どこですかね。
YUKA
グリーンフラスコです!(※林先生が代表を務める植物療法とハーブ&アロマショップ)
林
うち、ヨガやってないけど(笑)
YUKA
ヨガ以外ですけど、私にとってはヨガを含むホリスティックを学べる場所なのです。内容に関わらず、自己への教育は自分へのタパスー鍛錬になるので、私にとっての日本でのヨガスタジオは、グリーンフラスコさんだったわけです。
ーー(森野きつね)ヨガの歴史を教えてほしいです!
YUKA
ヨガの歴史は、インダス文明から始まります。4大文明の中で一番あやふやなインダス文明です(笑)5000年前って言ったり3500年前って言ったり、それぐらいあやふやなんですよね。
ーー(森野きつね)よく分かってないんですか?
YUKA
ようするに、口伝えに語り継がれている伝承文学なので、正確にわからないんですね。まあ、バナナの皮などに書いてはいたようですが、アリンコが食べちゃって結局残ってない。ただ、5000年前から人がもがき悩み苦しんでいたという事実だけは確実にあるので、それが何千回と輪廻を繰り返してきたとしても、人は同じことで悩み苦しむんですね。そのなかで、ヨガが一番フィットしたのでしょう。人が続けて効果があると認識したから、現代まで続いているということですね。
林
ヨガの創始者も、誰だかわからない?
YUKA
一番古い哲学書を書いた人はわかっていますが。代々、口で伝え継がれてきたのがインドの文化なので、その前の史実はあやふやなんです。
セタ
お釈迦様もそう?
YUKA
そうですよね、ブッタもそんな感じで、口で弟子たちに伝えていた。私は今の時代もこれからも、それでいいと思うんですけどね、本当は。残すものなんかなくていいんですよ。
( 次の記事に続く )